令和七年(2025年)
後天性免疫不全症候群に関する特定感染症予防指針
感染症の予防及び感染症の患者に対する医療に関する法律(平成十年法律第百十四号)第十一条第一項の規定に基づき、後天性免疫不全症候群に関する特定感染症予防指針(平成三十年厚生労働省告示第九号)の全部を次のように改正する。
令和七年十一月十日
厚生労働省告示第二百九十四号
厚生労働大臣 上野賢一郎
全文(2025年改正による追記を赤字で、パブリックコメント後の変更点を黄色ラインで示す)
目次
前文
後天性免疫不全症候群(以下「エイズ」という。)は、ヒト免疫不全ウイルス(Human Immunodeficiency Virus。以下「HIV」という。)の感染により免疫不全が生じ、日和見感染症や悪性腫瘍等が合併した状態をいう。HIVは血液、精液、膣(ちつ)分泌液、⺟乳等に存在する。HIVの主要な感染経路は性器、口腔(くう)等による性的な接触(以下「性的接触」という。)による感染であり、性的接触を行う全ての人に感染する可能性がある。また、その他の感染経路として、HIVが混入した血液を介した感染、⺟⼦感染等があるが、現在では輸血用血液の安全性向上対策や⺟⼦感染対策の普及により非常にまれとなっている。そのため、通常、HIVは日常生活において性的接触以外で他者に感染することは非常にまれであることから、最新の正しい知識とそれに基づく一人一人の注意深い行動により、予防することが可能である。
さらに、治療によりウイルス量が一定基準未満に抑え続けられていれば、性的接触により他者に感染することはない(Undetectable = Untransmittable。以下「U=U」という。)。これは、一人一人が自己の感染状態を知り、早期に医療機関にかかり適切な治療を継続することで、新規感染を抑えられることを意味する。したがって、コンドームの適切な使用、早期診断及び早期治療につながる検査、U=Uの考え方を踏まえた適切な治療等の複合的な対策により、感染予防及び感染拡大の抑制を図ることが重要である。加えて、HIV感染症に対する曝(ばく)露前予防(Pre-exposure prophylaxis。以下「PrEP」という。)等の感染予防に有用な手段について、更なる検討を進めることも重要である。
また、抗HIV療法の進歩により、HIVに感染している者であってエイズを発症していない状態のもの(以下「感染者」という。)及びエイズ患者(以下「患者」という。)の予後は改善しており、健常者と同等の生活を送ることが可能となっている。一方、療養の⻑期化、⾼齢化に伴う合併症発症の可能性の増大という新たな対応すべき課題が発生しているため、⻑期療養の環境整備等が必要となっている。
日本におけるHIV感染症(HIVに感染している状態であってエイズを発症していないものをいう。以下同じ。)・エイズの発生動向については、国及び都道府県等(都道府県、保健所を設置する市及び特別区をいう。以下同じ。)が感染者等に関する情報を収集及び分析し、国⺠や医師等の医療関係者に対して情報を公表している調査(以下「エイズ発生動向調査」という。)によれば、新規の感染者等の報告数は二〇一三年をピークに減少傾向にあるが、エイズを発症した状態でHIVの感染が判明した者は、いまだに新規に感染が判明した感染者等の約三割を占めており、HIVの感染の早期診断に向けた更なる施策が必要である。
国連合同エイズ計画(Joint United Nations Programme on HIV/AIDS。以下「UNAIDS」という。)は、HIV感染症・エイズに対して脆(ぜい)弱である人々として、男性間で性的接触を行う者(Men who have sex with men。以下「MSM」という。)、セックスワーカー、医療目的以外で注射により薬物を使用することがある者等を挙げており、エイズ施策の鍵となる人々(キーポピュレーション)と呼んでいる。国内においても、こうした人々におけるHIV感染症に係る実態を把握するための研究の継続が重要である。
我が国では、MSM、性風俗産業の従事者及び医療目的以外で薬物を使用することがある者をHIV施策の実施において特別な配慮を必要とする個別施策層として位置付けている。日本の新規感染者等は、MSMが感染者等の大半を占めており、特に重点的な配慮が必要である。
感染者等の基本的人権として、医療や福祉の現場においては、偏見・差別なく適切かつ必要な医療・福祉サービスを受けることが確保されなければならない。また、感染者等や個別施策層に対する偏見・差別は、エイズ対策を阻害する要因となり得るため、偏見・差別の撤廃へ向けた努力が必要である。社会に対してHIV感染症・エイズに関する最新の正しい知識を普及することで、国⺠が感染者等への理解を深め、偏見・差別の撤廃につなげること、自らの健康の問題として意識し行動を変えていくこと(以下「行動変容」という。)が重要である。また、⻘少年に対しては、性に関する適切な自己の意思決定及び行動選択に係る能力が形成過程にあることから、心身の健康を育むための教育等の中で、性に関する重要な事柄の一つとして、HIV感染症・エイズに関する最新の正しい知識の普及啓発を行うことが特に重要である。
さらに、感染者等がエイズ施策に主体的に関与していくこと(Greater involvement of people living with HIV。以下「GIPA」という。)も重要である。
UNAIDSにて掲げている「偏見・差別、新規感染者、エイズ関連死をなくす」ことを念頭に、我が国においても具体的な目標を設定する必要がある。その端緒として、二〇三〇年までのHIV流行終息に向けたUNAIDSの国際的な目標を受けて、第一に感染者等が検査によりその感染を自覚し、第二に定期的に治療を受け、第三に他者に感染しない状態にまでウイルス量を低下させるという一連のプロセス(以下「ケアカスケード」という。)において、いずれも九十五%以上を達成するという目標(以下「95-95-95 目標」という。)の将来的な達成を目指す。そのため、国内におけるケアカスケードに関する数値を適切に把握するよう努める。特に我が国においては、現在エイズを発症した状態でHIVの感染が判明した者は、いまだに新規に感染が判明した感染者等の約三割を占めているため、その改善に向けて、各種施策に取り組む。
本指針は、このような認識の下に、HIV感染症・エイズに対する予防の総合的な推進を図るため、国、地方公共団体、医療関係者並びに患者団体を含む非営利組織及び非政府組織(以下「NGO等」という。)が連携して取り組んでいくべき課題について、エイズ施策の方向性を示すことを目的とする。
なお、本指針については、少なくとも五年ごとに再検討を加え、必要があると認めるときは、これを変更していくものである。
(注)キーポピュレーションについては、UNAIDSが「Statement of the Joint UN Programme on HIV/AIDS (UNAIDS) Interagency Working Group on Key Populations」を発表している。
第一 人権の尊重
一 基本的考え方
感染者等に対しては、現在でも、科学的に根拠のない情報や誤解、最新の科学的知見に基づく正しい知識の習得が十分でないことによる偏見・差別が存在している。また、例えば個人がもつ様々な性質、特徴、背景等に対して、周囲から否定的な捉え方をされてしまうこと等により生じる個別施策層に対する偏見・差別は、エイズ対策を阻害する要因となり得る。
国及び都道府県等は、感染者等が医療・福祉のみならず就学・就労に際し不利益を被ることがないよう、医療機関、社会福祉施設、教育現場及び職場における偏見・差別の発生を未然に防止するための十分な教育・啓発を行うことが必要である。HIV感染症・エイズに関する最新の正しい知識の習得等による偏見・差別の撤廃とともに、多様性に関する国⺠の理解が、感染者等の予防行動、検査及び医療へのアクセスの改善に寄与することについても認識することが重要である。
二 偏見・差別の撤廃への努力
感染者等の就学・就労や地域での社会活動等をはじめとする社会参加を促進することは、感染者等の個人の人権の尊重及び福利の向上だけでなく、社会全体におけるHIV感染症・エイズに関する最新の正しい知識の啓発や感染者等に対する理解を深めることになる。特に、健康状態が良好である感染者等については、その処遇において他の健康な者と同様に扱うことが重要である。このため、厚生労働省は、文部科学省、法務省等の関係省庁や地方公共団体との連携を強化し、人権教育及び人権啓発の推進に関する法律(平成十二年法律第百四十七号)第七条に基づく人権教育・啓発に関する基本計画(第二次)を踏まえた人権教育・啓発事業と連携し、感染者等に対する偏見・差別の撤廃のため、具体的な資料を活用しつつ最新の正しい知識の普及啓発を行うことが重要である。特に、感染者等が安心して治療を継続しながら生活を送ることができるようにするためには、医療現場、学校、職場及び地域における偏見・差別の発生を未然に防止することが重要であり、NGO等と連携し、医療現場、学校、企業や地域社会等に対して広くHIV感染症・エイズへの理解を深めるための教育・啓発活動を推進するとともに、事例研究や相談窓口等に関する情報を提供することが必要である。
第二 原因の究明
一 基本的考え方
国及び都道府県等は、感染者等の人権及び個人の情報保護に十分に配慮した上で、国立健康危機管理研究機構、研究班(厚生労働科学研究費補助金等に関係する研究班をいう。以下同じ。)及びNGO等と協力し、感染者等に関する情報の収集に努め、感染の予防及び良質かつ適切な医療の提供を行うための施策を立案及び実行することが重要である。
二 エイズ発生動向調査の強化
国及び都道府県等は、感染症の予防及び感染症の患者に対する医療に関する法律に基づくエイズ発生動向調査の分析を引き続き強化するとともに、死亡原因を含む病状に変化を生じた事項に関する報告である任意報告についても、関係者に必要性を周知徹底し、その情報の分析を引き続き強化すべきである。また、迅速な発生動向の把握の観点から、医師からの電磁的な方法による発生届の提出を促進する。なお、エイズ発生動向調査の分析に当たっては、地域差を考慮するとともに、感染者等に関する疫学調査・研究等の関連情報を収集することにより、エイズ発生動向調査を補完することが必要である。
また、ケアカスケードの評価に資する国内の疫学調査・研究等を継続的に実施する必要がある。
三 国際的な発生動向の把握
国際交流が活発化し、多くの日本人が海外に⻑期間⼜は短期間滞在しているとともに、多くの外国人が訪日し、また日本国内に居住するようになった状況に鑑み、国は、研究班やNGO等と協力し、海外におけるHIV感染症・エイズの発生動向を把握し、日本への影響を評価することが重要である。
四 エイズ発生動向調査等の結果等の公開及び提供
国及び都道府県等は、収集されたエイズ発生動向調査等の結果やその分析に関する情報を、多様な媒体を通じて、広く公開及び提供を行っていくことが重要である。
第三 発生の予防及びまん延の防止
一 基本的考え方
国及び都道府県等は、現在における最大の感染経路が性的接触であること、性感染症のり患とHIV感染症・エイズとの関係が緊密であること等を踏まえ、①性感染症に関する特定感染症予防指針(平成十二年厚生省告示第十五号)に基づき行われる施策とHIV感染症・エイズ対策を連携させた施策、②コンドームの適切な使用を含めた正しい感染予防の知識の普及啓発、③地域や利用者の実情に即した検査・相談体制の充実、④HIV感染症の早期診断及び早期治療の適切な実施によるエイズ発症の予防並びに⑤性的接触以外に日常生活において、他者に感染することは通常ないこと及びU=Uについての普及啓発を中心とした予防対策を重点的かつ計画的に進めていくことが、HIV感染症・エイズの発生の予防及びまん延の防止のために重要である。都道府県等は、保健所をこれらの対策の中核と位置付けるとともに、所管地域における医療機関等からの情報を基に発生動向を正確に把握し、施策に反映するよう努めることが重要である。
普及啓発及び教育においては特に、HIV感染症・エイズに関する最新の科学的根拠に基づく正しい知識に加え、保健所等における検査・相談の利用に係る情報、医療機関を受診する上で必要な情報等を周知することが重要である。
また、普及啓発及び教育は、近年の発生動向を踏まえ、対象者の実情に応じて最新の正しい情報及び知識を、分かりやすい内容で効果的な媒体により提供し、行動変容を促すような要素を取り入れることで、一人一人の行動がHIVに感染する危険性の低いもの又は無いものに変化することを促進する必要がある。
そのためには、社会全体で、家庭、地域、学校、職場等へ向けた普及啓発及び教育についても効果的に取り組み、行動変容を起こしやすくするような環境を醸成していくことが必要である。
また、PrEPは、HIVの感染予防に有用な手段の一つであり、国内でも対象薬が予防投与の薬事承認を受けたものの、定期的なHIV検査やその他の性感染症の検査等、服薬者の健康状態の観察が重要であり、国は、対象者が適切にPrEPを使用できるよう、関係機関と連携しながら研究を推進し、その成果等を踏まえて効果的な導入方法について検討していく必要がある。
二 普及啓発及び教育
1 教育機関等での普及啓発
国及び都道府県等は、感染の危険にさらされている者のみならず、日本に在住する全ての人々に対して、HIV感染症・エイズに関する最新の正しい知識を普及できるように、学校教育及び社会教育との連携を強化して、対象者に応じた効果的な教育資材の開発等により、具体的な普及啓発活動を支援するように努めることが重要である。
また、知識及び経験を有する医療機関、都道府県等の衛生主管部局、保健所等の従事者は、プレコンセプションケアの取組も含め、普及啓発に携わる者に対する教育及び学校現場での教育に積極的に協力する必要がある。
さらに、⻘少年に対する教育等を行う際には、学校、家庭、地域コミュニティ及び⻘少年相互の連携・協力が重要であるとともに、⻘少年を取り巻く環境、⻘少年自身の性的指向、ジェンダーアイデンティティ、性に対する考え方等には多様性があるため、それぞれの特性や状況に応じた教育等を行う必要がある。
2 個別施策層に対する普及啓発
国及び都道府県等は、個別施策層に対して、これまでの方法では普及啓発が行き届いていない対象者を把握すること等を通じて、対象者の実情に応じた取組を強化していくことが重要である。
感染者等の大半を占めるMSMに向けた取組については、当事者及びNGO等と連携して、効果的な普及啓発を継続する必要がある。また、性風俗産業の従事者及び医療目的以外で薬物を使用することがある者といった個別施策層に対しても、普及啓発を促進することが必要である。
3 医療従事者等に対する教育
医師、⻭科医師、薬剤師、看護師その他の医療従事者や介護従事者等は、普遍的な感染対策である標準感染予防策により、全ての医療機関、介護施設等で、感染者等に対しての診療やサービスを提供することが可能である。HIV感染症・エイズに関する最新の正しい知識の習得が十分でないこと等により、診療やサービスの提供等を拒否すること、消極的になること等についても偏見・差別にあたることを認識する必要がある。
国立健康危機管理研究機構のエイズ治療・研究開発センター(AIDS Clinical Center。以下「ACC」という。)は、医療従事者等に対する最新の知見の普及に当たって、中心的役割を担うとともに、国及び都道府県等は、ACC、地方ブロック拠点病院、中核拠点病院、エイズ治療拠点病院、関連学会、職能団体等との連携の下、全ての医療機関、介護施設等において感染者等への対応が可能となるよう、医療従事者、介護従事者等に対するHIV感染症・エイズに関する最新の正しい知識の普及啓発、教育を継続する必要がある。
4 関係機関との連携の強化
厚生労働省は、具体的な普及啓発に係る事業を展開していく上で、文部科学省、法務省及びこども家庭庁と連携して、教育及び啓発体制を確立することが重要である。また、感染者等の人権に配慮しつつ、報道機関等を通じた積極的な広報活動を推進するとともに、保健所等の窓口に外国語で説明した冊子を備えておく等の取組を行い、旅行者や外国人への情報提供を充実させることが重要である。
三 検査・相談体制
1 保健所等における検査・相談体制
国及び都道府県等は、保健所における無料の匿名による検査・相談をはじめ、地域の実情に即した検査・相談体制の充実を重点的かつ計画的に進めていくことが重要である。
保健所における検査・相談業務について、受検者の利便性を考慮し、夜間・休日等の時間帯に配慮した検査や迅速検査を実施することや、受検者のニーズに応じた検査・相談への対応を維持するため、検査の利用機会の拡大に向けた取組を促進していくことが重要である。また、保健所等は、必要に応じてNGO等及び医療機関と連携し、個人情報の保護に配慮しつつ、個別施策層を含む国⺠に広く検査・相談の機会を提供することが重要である。
HIV感染症は性的接触により感染するおそれのある感染症であることから、感染経路を同じくする他の性感染症との同時検査を提供する取組を促進することが重要である。国は、都道府県等の取組を支援するため、検査・相談の実施方法に係る指針や手引等を作成するとともに、各種イベント等集客が多く見込まれる機会を利用すること等により、検査・相談の利用に係る情報の周知を図ることが重要である。
都道府県等は、関係機関と連携し、受検者のうち希望する者に対しては、検査の前に相談の機会を設け、必要かつ十分な情報に基づく意思決定の上で検査を行うことが重要である。
さらに、検査の結果、陽性であった者には、早期治療・発症予防の重要性を認識させるとともに、その機会を提供するため、適切な相談及び医療機関への紹介により、医療機関への受診に確実につなげることが極めて重要である。一方、陰性であった者についても、感染症予防の重要性を啓発する機会として積極的に対応することが重要である。
検査後においては、希望する者に対して、継続的な検査後の相談及び陽性者の支援のための相談を実施する等、相談体制の充実に向けた取組を強化することも重要である。
2 個別施策層に対する検査・相談体制
国及び都道府県等は、引き続き、個別施策層に対して、人権や社会的背景に最大限配慮したきめ細かく効果的な検査・相談体制を、医療機関及びNGO等と連携して構築する必要がある。
特に、都道府県等は、感染者等や個別施策層に属する者に対しては、必要に応じて、医療機関及びNGO等と協力し、検査・相談の利用の機会に関する情報提供に努める等検査を受けやすくするための特段の配慮が重要である。
保健所等は、外国人が検査・相談を利用する場合でも、言語障壁、文化的障壁等により、検査・相談の機会の提供に支障が生じることがないよう、地域の実情を踏まえ、必要に応じてNGO等と協力し、通訳等の確保による多言語での対応を充実させることが必要である。
また、医療目的以外で薬物を使用することがある者については、薬物乱用防止の取組等、関係施策との連携強化について、あわせて検討することが重要である。
3 検査の利便性の向上
国は、検査の利用機会の拡大に資するため、利便性をより高めるような新たな検査機会や手法の可能性を検討していくことが重要である。
保健所等は、夜間・休日等の時間帯に配慮した検査や迅速検査に加えて、利便性の高い検査・相談の一つの方法として、外部委託や郵送検査等の活用を検討する。なお、実施には郵送検査等の検査精度の管理が適正に実施されること、検査に関する相談体制が確保されること、更なる検査が必要とされた者を医療機関等への受診に確実につなげることが重要である。
第四 医療の提供
一 基本的考え方
国及び都道府県は、抗HIV療法の進歩による予後の改善に伴う感染者等の増加及び高齢化に対応するため、地域の実情に応じて、中核拠点病院、エイズ治療拠点病院と地域の医療機関間の機能分担による診療連携の充実を図り、一般の診療の中でも感染者等に対して適切な医療を提供する包括的な体制を整えることが重要である。また、都道府県は、医療計画や予防計画を活用しながら、総合的な医療提供体制の整備を重点的かつ計画的に進めるとともに、感染者等が主体の良質かつ適切な医療が居住地で安心して受けられるような基盤づくりを進めることが重要である。
二 医療機関でのHIV検査
HIVの感染の早期診断及び感染者等に対する早期治療の開始のためには、医療機関において、HIV検査が適切かつ積極的に実施されることも重要である。医療従事者は、HIV感染症・エイズが疑われる者のみならず、性器クラミジア感染症、性器ヘルペスウイルス感染症、尖(せん)圭(けい)コンジローマ、梅毒、淋(りん)菌感染症、B型肝炎、アメーバ赤痢等の性的接触によって感染する可能性のある感染症へのり患が疑われる者に対して、HIV検査の実施を積極的に検討する必要がある。
三 総合的な医療体制の確保
1 治療の早期導入と継続
早期に感染者等へ適切な医療を提供し継続することは、感染者等の予後を改善するとともに、二次感染防止の観点からも重要である。治療の早期導入と継続につながるよう、国はその課題の把握及び仕組みの検討を進め、医療関係者等は感染者等の診療にあたるよう努める必要がある。
2 地域での包括的な医療体制の確保
地域の感染者等の数及び医療資源の状況に応じ、エイズ治療拠点病院を中心とする包括的な診療体制を構築するためには、専門的医療と地域における保健医療サービス及び介護・福祉サービスとの連携等が必要であり、加えて、地域の医療機関における一般の診療の中でHIV感染症の診療を提供することが重要である。
国及び都道府県等は、地域の保健医療サービス及び介護・福祉サービス従事者に対して、HIV感染症・エイズに関する最新の正しい知識や感染者等に適用できる医療費等に関する各種制度への理解を深める取組を推進し、医療機関や介護施設等での受入れを促進していくことが重要である。
また、地方ブロック拠点病院及び中核拠点病院に、HIV感染症・エイズに関して知見を有する看護師、医療ソーシャルワーカー等を配置し、各種保健医療サービス及び介護・福祉サービスとの連携を確保するための機能(以下「コーディネーション」という。)を拡充することが重要である。
都道府県等は、中核拠点病院の設置する連絡協議会等と連携し、医師会、⻭科医師会等の関係団体や患者団体の協力の下、中核拠点病院、エイズ治療拠点病院及び地域の医療機関間の診療連携の充実を図ることが重要である。医療及び福祉の現場においては、HIVに感染しているという理由だけで医療従事者や介護従事者等が診療、サービスの提供等を拒否することや、消極的になること等はあってはならず、感染者等の基本的人権として、偏見・差別なく適切かつ必要な医療・福祉サービスを受けることが確保されなければならない。
特に、感染者等に対する⻭科診療及び透析医療の確保について、地方ブロック拠点病院及び中核拠点病院は、地域の実情に応じ、各種拠点病院と診療に協力する⻭科診療所及び透析医療機関との連携体制の構築を図ることにより、感染者等へ滞りなく⻭科診療や透析医療等を提供することが重要である。また、地域の医療従事者等が安心して診療にあたるために、HIV曝露時の対応マニュアルや曝露後予防薬の配置を整備することが引き続き重要である。
3 診療科連携の強化
抗HIV療法の進歩に伴い、HIV感染者等の予後は改善したが、結核、悪性腫瘍等の合併症や肝炎等の併発症、療養の⻑期化や高齢化に伴い生じ得る他の疾病の管理を含め、総合的に診療を行っていくことが重要である。このことから、国及び都道府県等は、感染者等が総合的な治療やケアを受けることができるよう療養環境の整備を引き続き強化するべきである。医療現場においては、合併症や併発症を有する患者等を治療するために、HIV治療を専門とする医療従事者とそれぞれの疾病に関係する診療科及び部門間の連携を強化し、医療機関全体で対応できる体制を整備することが重要である。なお、他の専門的な医療機関と連携することは、感染者等が総合的な治療やケアを受ける上で、非常に重要である。
さらに、医療従事者は、医療を提供するに当たり、チーム医療の重要性を認識し、医療機関内外の専門家及び専門施設と連携を図り、心理的な支援、服薬指導等を含めた包括的な診療体制を構築する必要がある。
4 ⻑期療養・在宅療養⽀援体制等の整備
感染者等の療養の⻑期化⼜は高齢化に伴う他の疾病の発症の可能性の増大に伴い、保健医療サービスと介護・福祉サービスとの連携等が重要になる中で、コーディネーションを担う看護師、医療ソーシャルワーカー等は介護サービスとの連携を確保することが重要である。また、感染者等の主体的な療養環境の選択を尊重するため、⻑期療養・在宅療養の感染者等を積極的に支える体制の整備を推進していくことも重要である。このため、国及び都道府県等は、具体的な症例に照らしつつ、感染者等の⻑期療養・在宅療養サービスの向上に配慮していくよう努めることが重要である。都道府県等にあっては、地域の実情に応じて、地方ブロック拠点病院及び中核拠点病院によるコーディネーションの下、各種拠点病院と地域の医療機関、介護サービス事業所等との相互の連携体制の構築を図ることが重要である。
感染者等が安心して治療を継続しながら生活を送るためには、生活相談等の支援が重要である。国及び都道府県等は、各種拠点病院と連携して、専門知識に基づく医療社会福祉相談(医療ソーシャルワーク)やピア・カウンセリング(感染者等や個別施策層の当事者による相互相談をいう。)等の研修の機会を拡大し、NGO等と連携した生活相談支援に加え、社会資源の活用等についての情報の周知を進めることが重要である。
四 医薬品の円滑な供給確保
国は、感染者等が安心して医療を受けることができるよう、医薬品の円滑な供給を確保することが重要である。そのため、国内において医薬品、医療機器等の品質、有効性及び安全性の確保等に関する法律(昭和三十五年法律第百四十五号)に基づく承認を受けているがHIVの感染又はその随伴症状に対する効能又は効果が認められていない医薬品の中で効果が期待される医薬品の医療上必要な適応拡大を行うとともに、海外で承認された医薬品がいち早く国内においても使用できるようにする等の措置を講じ、海外との格差を是正していくことが重要である。
五 外国人に対する保健医療サービスの提供
外国人については、言語障壁、文化的障壁等があり、適切な保健医療サービスを受けていない可能性がある。このため、都道府県等は、外国人に対する保健医療サービスの提供に当たっては、保健医療サービス及び情報の提供に支障が生じることがないよう、医療従事者に対する研修を実施するとともに、NGO等と協力し、通訳等の確保による多言語での対応の充実が必要である。また、国は、外国人の感染者等の発生動向について把握し、外国人への保健医療サービスの提供の状況等について、調査することも重要である。
六 十分な説明と同意に基づく医療の推進
治療効果を高めるとともに、感染の拡大を抑制するためには、医療従事者は、感染者等が置かれている状況を社会的な背景も含めて深く理解した上で、良質かつ適切な医療についての十分な説明を行い、当該感染者等の理解を得るよう努めることが不可欠である。具体的には、医療を提供するに当たり、U=Uを含むHIV感染症・エイズに関する最新の正しい知識や適切な服薬等に関する説明を行い、感染者等の理解が得られるよう継続的に努めることが重要である。説明の際には、感染者等の理解を助けるため、分かりやすい説明資料を用意すること等が望ましい。また、感染者等が主治医以外の医師の意見を聞き、自らの意思決定に役立てることも重要である。
七 人材の育成及び活用
医療従事者が、感染者等に良質かつ適切な医療を提供するためには、HIVに関する教育及び研修を受けることに加え、それぞれの感染者等がもつ様々な性質、特徴、背景等について理解し、適切に接することができる人材を育成することが重要であり、ACCがその中心的役割を担うことが必要である。国及び都道府県等は、引き続き、医療従事者に対する研修を実施するとともに、中核拠点病院及びエイズ治療拠点病院のHIV診療の質の向上を図るため、ACC、地方ブロック拠点病院等による出張研修等により、効果的な研修となるよう支援することが重要である。また、地方ブロック拠点病院だけではなく、中核拠点病院においてもコーディネーションを担う看護師、医療ソーシャルワーカー等を配置できるよう、研修を強化することも重要である。
第五 研究開発の推進
一 基本的考え方
国、都道府県等及び国立健康危機管理研究機構は、感染者等への良質かつ適切な医療の提供等を充実していくため、感染の拡大の抑制やより良質かつ適切な医療の提供につながるような研究を行っていくべきである。特に、各種指針等の作成等のための研究は、国において優先的に考慮されるべきであり、研究の方向性を検討する際には、発生動向を踏まえ、各研究班からの研究成果を定期的に確認することが重要である。また、国は、⻑期的展望に立ち、継続性のある研究を推進するとともに、若手研究者の育成及び研究者の安定した研究継続のための環境整備を支援していく必要がある。
二 医薬品等の研究開発
国及び国立健康危機管理研究機構は、ワクチン、HIV根治療法、抗HIV薬並びにゲノム医療を活用した治療法、診断法及び検査法の開発に向けた研究を強化するとともに、研究目標については戦略的に設定することが重要である。この場合、研究環境を充実させることが前提であり、そのためにも、関係各方面の若手の研究者の参入を促すことが重要である。
また、PrEPはHIV感染症・エイズの予防及びまん延の防止の有用な手段の一つであり、国内でも対象薬が予防投与の薬事承認を受けた。
したがって、我が国においても対象者が適切にPrEPを使用できるよう、引き続き関係機関と連携しながら研究を推進し、その成果等を踏まえて効果的な導入方法について検討していく必要がある。
三 研究結果の評価及び公開
国は、研究の充実を図るため、各種調査研究の結果については、学識者により客観的かつ的確に評価するとともに公開し、幅広く感染者等からの意見を聞き、参考とすべきである。
第六 国際的な連携
一 基本的考え方
国及び国立健康危機管理研究機構は、政府間、研究者間及びNGO等間の情報交換の機会を拡大し、感染の予防、治療法の開発、感染者等の置かれた社会的状況等に関する国際的な情報交流を推進し、日本のHIV対策に活かしていくことが重要である。
二 国際的な感染拡大の抑制への貢献
国は、世界保健機関、UNAIDS、世界エイズ・結核・マラリア対策基金(グローバルファンド)等への支援、日本独自の二国間保健医療協力分野における取組の強化等の国際貢献を推進すべきである。
三 国内施策のための諸外国等との協力
厚生労働省は、有効な国内施策を講ずるためにも、諸外国における情報を、外務省等と連携しつつ収集する。また、諸外国における感染の拡大の抑制や感染者等に対する適切な医療の提供が重要であることから、日本と人的交流が盛んなアジア諸国等に対し、外務省と連携を図りながら積極的な国際協力を進めることが重要である。
第七 施策の評価及び関係機関との連携
一 基本的考え方
エイズ対策を総合的に推進するとともに、我が国は、「偏見・差別、新規感染者、エイズ関連死をなくす」ことを念頭に、具体的な目標を設定する必要がある。その端緒として、二〇三〇年までのHIV流行終息に向けたUNAIDSの国際的な目標を受けて、ケアカスケードの95-95-95 目標の将来的な達成を目指す。特に我が国においては、現在エイズを発症した状態でHIVの感染が判明した者は、いまだに新規に感染が判明した感染者等の約三割を占めているため、その改善に向けて、各種施策に取り組む。
国は、継続的に研究班等から疫学情報及び統計情報の収集、エイズ施策に対するモニタリングを行うことで、本指針の改正に資する評価が可能になるよう努める必要がある。
また、都道府県は、医療計画や予防計画を活用し、地域の実情に応じて、エイズ施策の目標等を設定し、実施状況等を複数年にわたり評価するよう努める必要がある。
保健所を設置する市及び特別区においても、都道府県が作成する計画を踏まえた予防計画を活用し、同様に努める必要がある。
さらに、国及び都道府県等が総合的なエイズ対策の実施やモニタリングをするに当たっては、医療機関、研究班、NGO等との連携が重要である。
二 具体的な評価
国は、国や都道府県等が実施するエイズ施策について、モニタリングを行い、評価等を行う必要がある。評価においては、都道府県等、医療関係者、NGO等の関係者の関与に加え、GIPAが重要である。
また、結果を定期的に情報提供するとともに、関係者間の意見交換を踏まえた改善策を検討し、提案していくことが必要である。
さらに、都道府県等は、ブロック拠点病院等と連携して把握した地域の感染者等の疫学情報に基づいて、予防計画等を策定すべきである。予防計画等の策定又は見直しを行う際には、重点的かつ計画的に偏りなく進めるため、①HIV感染症・エイズに関する最新の正しい知識の普及啓発、②保健所等における検査・相談体制の充実及び③医療提供体制の確保等に関し、地域の実情に応じて施策目標等を設定し、実施状況等を複数年にわたり評価することが重要である。都道府県等の施策の目標等の設定に当たっては、基本的には、定量的な指標に基づくことが望まれるが、地域の実情及び施策の性質等に応じて、定性的な目標を設定することも考えられる。
三 関係機関との連携
厚生労働省は、関係省庁間連絡会議の場等を活用し、関係省庁及び地方公共団体が講じている施策の実施状況等について定期的に報告、調整等を行うこと等により、総合的なエイズ対策を実施するべく、関係省庁及び地方公共団体の連携をより一層進める必要がある。