令和七年 後天性免疫不全症候群に関する特定感染症予防指針改正を解説
今回の改正で、コミュニティや現場の意見の反映の一つに、言葉の使い方の変化があります。2018年指針では「薬物乱用・依存者」という言葉だったのが新予防指針では「医療目的以外で薬物を使用することがある者」になるなど、スティグマを含んだ言葉からニュートラルな表現になりました。
厚生労働省による改正のポイントとして、1.HIV/エイズ対策における基本的人権のさらなる尊重、2.個別施策層のHIV感染症にかかわる実態把握等の継続・強化、3.複合的な対策による予防・検査相談体制の強化、4.長期療養を見据えた医療体制の整備、の4点があげられています。
GIPA(Greater involvement of people living with HIV)について
前文に「感染者等がエイズ施策に主体的に関与していくことが重要」と今回初めて明記されました。また、施策評価においても、GIPAが重要であることが書き込まれました。
個別施策層のHIV感染症にかかる実態把握の継続強化について
前文に、UNAIDsのキーポピュレーションをあげ、国内においてもこうした人々におけるHIV感染症に関する実態を把握するための研究の継続が重要、と記載されました。UNAIDsのキーポピュレーションには他にトランスジェンダー、刑務所など閉鎖的な環境に置かれているひとたちが含まれますが、UNAIDsのキーポピュレーションとしての明記もされませんでした。
前文に「我が国では、MSM、性風俗産業の従事者及び医療目的以外で薬物を使用することがある者をHIV施策の実施において特別な配慮を必要とする個別施策層として位置づけている」と記載され、国内の個別施策層の範囲は表現が変わりましたが変化ありません。一方において、対策については前に進んだ点があります。2018年指針では、MSMに対する普及啓発となっており、セックスワーカーと薬物使用者の対策については記載がありませんでしたが、今回は普及啓発の対象として記載されました。
外国人は、検査・予防と医療の章で取り上げられるにとどまりました。ただし、2018年指針では医療の章にしか外国人についての記載がありませんでしたが検査・相談のところに今回加わり、多言語対応についてなど書きこまれました。「国は外国人の感染者等の発生動向について把握」と、今回加わりました。
青少年の中にはMSMの青少年もいます。青少年は、前文と普及啓発教育のところに出てきます。性的指向、ジェンダーアイデンティティの多様性に配慮という部分が加筆されましたが、「同性間も含めた性感染症予防教育を学校保健教育で行うことについては記載されませんでした。
2018年指針の前文には、「具体的な個別施策層については、状況の変化に応じて適切な見直しがなされるべきである」とありました、これはUNAIDSが「それぞれの国の疫学的、社会的背景に基づき、流行と対策の鍵を握る人口集団を定義する必要がある」といっているのに通ずるものでした。新予防指針ではこの一文が削除されています。
U=U(Undetectable = Untransmittable)について
現在の予防指針にはTasP(Treatment as prevention)までは書かれていますがU=Uはありませんでした。今回は前文、普及啓発するべき内容として、また、医療の場で本人に説明すべき内容として、U=Uがはっきり書き込まれました。
複合的な対策による予防、検査・相談体制について
前文に「複合的な対策」と書かれそのすぐあとにPrEP(pre-exposure prohylaxis)について加えられました。PrEPについて予防の章と研究の章に、ほぼ同じ文言で「国は対象者が適切にPrEPを使用できるよう効果的な導入方法について検討していく必要がある」と記載されましたが、研究を推進という記載です。
HIV・エイズ施策における基本的人権の更なる尊重について
2018年指針では、「感染者等の医療及び福祉を受ける権利が必ずしも尊重されていない」とありましたが、今回は「確保されなければならない」となりました。偏見・差別はエイズ対策の阻害要因であることから人権を強調のため構成を「第六」から「第一」に変更されました。また、2018年指針では人権の尊重の対象はHIV陽性者のみで個別施策層は対象ではありませんでしたが、偏見・差別の撤廃についての範囲を個別施策層にまで広げました。
課題解決の実現を支える環境要因(ソーシャルイネーブラー)については、2018年指針にも、「行動変容を起こしやすくするような環境を醸成してくことが必要」とすでにあります。薬物使用者についての表現は変わりましたが、健康課題の対象としての取り組みが重要であることは書き込まれませんでした
基本的人権、偏見・差別の撤廃という課題は医療の提供に密接にかかわってきます。医療の提供の章にも前文同様「感染者等の基本的人権として、偏見・差別なく適切かつ必要な医療・福祉サービスを受けることが確保されなければならないこと」が記されました。
長期療養を見据えた医療体制の整備について
医療従事者に対する教育として「標準予防策により、すべての医療機関介護施設等で、感染者等に対しての診療やサービスを提供することが可能である」こと、さらに「知識の習得が十分でないこと等により診療やサービスの提供等を拒否すること、消極的になること等も偏見差差別にあたることを認識する必要がある」ということにまで踏み込んでいます。
長期療養を見据えた医療体制のためには、より地域に根差した医療機関での診療ということが強調されました。今まで、エイズ診療拠点病院以外のクリニックによるHIV診療については触れられていませんでしたが、今回は、「地域の医療機関における一般診療の中でHIV感染症の診療を提供することが重要である」と書き込まれました。
「国、都道府県は、地域の医療・介護従事者に対してHIVに関する最新の正しい知識や制度の理解を深める取り組みを促進し、受け入れを推進していくことが重要」と記されました。
検査・相談について
前述のとおり、外国人への多言語対応の必要性について今回追記されました。2018年指針では郵送検査については「検査の結果スクリーニング検査や確認検査が必要な場合に医療機関につなげること」についての記載にとどまっていましたが、今回の改正では「保健所による郵送検査の活用」について記載されました。
「保健所で他の性感染症との同時検査を提供する取り組み」と、「医療機関での性感染症が疑われるものに対してのHIV検査」については記載されていますが、PrEPの普及のために必要な保険外診療の検査については言及がありません。
「国は、利便性をより高めるような新たな検査機会や手法の可能性を検討していくことが重要」と加えられました。
早期治療について
2018年指針にも記載されています。「治療の早期導入と継続」というタイトルになり、「治療の早期導入と継続につながるよう、国はその課題の把握および仕組みの検討をすすめる」と記されました。
数値目標について
2018年指針には数値目標はありませんでしたが、今回は、「95-95-95の将来的な達成を目指すこと」、「エイズ発症の状態でHIVの感染が判明する人の割合を3割から下げること」の2点が記載されました。
今後の課題として
PrEPは本来、複合的予防の1つのツールです。PrEPの扱いが研究段階と認識されており、価格や検査アクセスが課題で必要な人に安全に届いていないという現実に対応していない点があります。
個別施策層の範囲は状況の変化に対応して、経時的な再検討の必要があります。
モニタリングにGIPAが重要と書き込まれました。そのためには厚生労働省のイニシアチブによりHIV陽性者やコミュニティメンバー、複数の研究班が集まって、モニタリング指標の設定や分担のコンセンサスづくりが必要です。
前に進んだ点
U=U、感染者等がエイズ施策に主体的に関与していくことが重要、複合的な対策、個別施策層に対する偏見差別がエイズ対策の阻害要因であること、地域の医療福祉従事者に対する最新知識の教育、曝露後対応マニュアルや曝露後予防薬の整備の必要性など、重要な点が多数加わり、大きく進みました。
書きこまれた今がスタート地点で、これからどのように実践していくのかということが問われています。